愛とは覚悟?

思い上がりすぎるな、と言う自分と、しかし私がしてきたことは褒められるべきだ、と言う自分とが居ます。

 

人を本当に愛するということは、「覚悟を決める」ということではないのでしょうか?

世界中の誰もがお前の敵になったとしても、私はお前の味方であり続けるよ、と、(それが本当に起こった時、本当にそれをするかは置いておいて)相手に言い切れる覚悟を、愛と呼びたいのですが。

 

 

たとえ嘘でも、そう言い切れることは、愛だと思うのです。「世界中の誰もが君の敵になったら?(笑)それは君が悪い可能性もあるしちょっとわかんないかもな〜(笑)」とか、言うようなやつは、それは、愛ではないと思うんですよ。

世界中の誰もを敵にするようなことをしでかす人間は普通にヤバいので、実際それが起こったら別に味方でなくてもいいんですよ。ただ、相手に対して一生の覚悟を決めたよ、という虚勢を張ること、それを愛と呼びたいという話なんです。

 

いや私は、虚勢でなく本当に覚悟を決められてしまうちょっと頭のおかしい人間なのでアレなんですけど。嘘でもいいから覚悟を決めたという姿勢を見せることを、して欲しいんです。愛を語るなら。

生きること

私は、私の人生の周りの全てのモノやヒトを、私がこの世に存在するための、私をこの世にしばりつけておくための、鎖のように使ってしまっています。

愛する恋人、ペット、友人、作品など……

命を諦めようとする時、彼らが私をこの世に縛り付けます。死にたい時は、彼らの存在が凄く億劫に感じます。あなた達がいなければ、とっくに人生を諦められたのに!と、思います。でも、諦めないために、自分で大切なものを増やしてしまいました。大切なものが増える度、自分の命が、捨てられないものになっていくこと。それは私にとって、救いであり、枷でもあります。苦しくて、でも、ありがたいことです。

 

早く、死にたいと思うことを忘れたいです。全ての愛おしいものたちを、愛おしいままにしたいです。自分を縛るための枷だなんて、ほんとうは、思いたくない。

 

大切なものが増えるのは、いまだに怖いです。

愛する小さいいのちへ

一昨日の夜、ねずみのだんちゃんが亡くなりました。

 

亡くなる数秒前、私の膝の上で苦しげに動き回り始めました。抱き上げて名前を呼びました。その数秒後、私の手の中で、プツンと糸が切れたように動かなくなりました。名前を呼びました。揺さぶって、体を擦りました。名前を呼びました。名前を呼びました。名前を呼ぶことしか出来なかったことを覚えています。

 

体は温かくて、ふわふわで、撫でていると、まだ生きているのかと勘違いするほどでした。そのまま、長いこと抱きしめていました。私の涙のせいで背中の毛がびしょびしょになってしまいました。手足が段々と冷たくなっていくのを感じました。それと同時に、私の心も落ち着いていきました。もうここには居ないということがわかりました。

 

そのあとは、冷蔵庫から氷を出して、タオルをひいて、ダンボールの中で寝かせました。

その頃には体が硬直してしまっていました。抱いていたままの姿勢だったので、前脚が不自然にピンと伸びてしまったままでした。

 

そのあとも、何度も頭を撫でました。撫でる感触は、生前のものと何も変わらなくて、このまま、ずっと撫でていたいと思いました。

 

そうしていると、空が白んできてしまいました。

眠れないかも、という気持ちとは裏腹に、すぐに眠りに落ちました。

 

意外にも冷静で、落ち着いている自分がいます。

亡くなってから24時間強が経ちました。眠らないと彼に怒られてしまうけど、またこの時間になってしまいました。ごめんなさい。

明日は火葬です。明日になったら、もう本当に、だんちゃんが、居なくなってしまいます。このまま、動かなくてもいいから、このままずっと一緒にいたいです。残酷なことを言っているでしょうか。

全身が冷たくなって、体臭がどんどん薄くなって、体は硬くなってしまいました。でも、お顔は生きている時と変わらなくて、見つめているだけで、少し微笑みが漏れてしまうくらい、可愛いままです。

いつも一緒にいました。

最後の方は、足取りが覚束無いのに、カゴから私の肩に来たがりました。優しく撫でていると落ち着いたような表情をしていました。それが凄く嬉しくて、悲しくて、愛しかったです。

 

小さな命が、私のところに来てくれて、一緒に過ごしてくれたことを、私はとても幸せに感じています。だんちゃんがどう思っていたかは、分からないけど。最後の方は病院に連れていかれたり、息が苦しかったりで嫌な気持ちにさせていたかもしれません。もっともっと、出来たことがあったのかな。もっと、あなたのことを、幸せにしてあげることが出来たのかな。

今となっては、何を思っても遅いので、あまり考えないようにはしています。ただあの子と過ごせた日々を思い出して、頭を優しく撫でて、お別れまでの時間を、噛み締めています。

 

悲しいという気持ちより、何かよく分からない脱力感というか、そんなようなものに包まれています。まだ受け止めきれていないのかもしれません。

生きなければ

日常というモノは、わたくしのような種類の人間には、些か詰らないモノでございます。

 

面白くしようと思えば幾らでも出来るでしょうが、面白さというのは安全性に欠けます。

わたくしは生きたいのです、何とか生き永らえたいのです。(本当に?)その為には、安全性に優れたこの平々凡々な生活を、紡いでいかなければイケナイのです。

 

 

 

 

わたくしの色とりどりで、不安定で、浮き足立った、愉快な脳ミソは、もうありません。ベンラファキシンとアトモキセチン漬けになって、使い物になりません。いえ、使い物にならない、というのは語弊がございます。この「社会」を「生活」するには使い物になるのです。でも、眩く鋭い殺意、脳髄が弾け飛ぶ怒り、全身が粟立ち震える焦燥感など、そのような激烈な感情を伴って地獄へ突き進む速度は、もう出せない。出せないのです。出したくもない。

 

 

業火に包まれる痛みを知りたくない。苦しみたくない。その代わりに、生温い湯船に浸かり続けなければいけない。濁った水は皮膚にどんどんと吸いこまれ、ふやけさせ、遂には身体の芯まで蝕みます。最期にはどろどろに腐って、溶けてなくなるのです。

 

そんな醜い姿になるまで、じっくりと耐えなければいけない。地獄の業火で一瞬にして灰になることは美しいけど、いまのわたくしは其れを求めていないはず。はず。

 

愛する貴方と、生温く溶け合って。それをしあわせ、と呼べば良いのです。曖昧に境界線を溶かしてひとつになれるなんて、何だかロマンチックにも思えてきました。各位、生き永らえましょう。

8月11日日曜日

お盆のど真ん中、人でごったがえす原宿に居ります。3ヶ月ぶりに髪を切るために、電車を乗り継ぎここまで来ました。

 

人、ひと、ヒト。日本人、中国人、アメリカ人、韓国人、ベトナム人、フランス人、その他もろもろ。大変に人が多い。暑さも相まってくらくらします。

 

行きつけの美容院に避難して、冷たいシャワーで洗髪していただきました。気持ちいい。生き返るような気持ちです。

 

「いつもの感じで?」「はい、お願いします。」

もう何ヶ月も同じ髪型なので、注文は端的に終わります。美容師の方と会話するのが苦手な私は、スマホでゲームをしたり、読書をしたり。静かな時間を過ごしました。必要な時以外話しかけてこない美容師さんはありがたいです。

 

ものの30分程度でカットは終わります。肩まで伸びていた髪が一気に耳の下あたりまで短くなったので、随分と涼しい。やはり私は髪が短い方が似合う。心の中で自画自賛しました。

 

 

美容院を出て、系列店で同じく髪を切っていた彼氏と合流。GUCCI表参道店へ向かいます。

 

お目当てはジャッキーのミディアム。大きさを実物で確認したかったのです。

 

しかし!ジャッキーはそこまで可愛くありませんでした。残念。少しシンプルすぎます。あとナスカンで留める感じがあまり好きではない。

 

代わりにバンブーのコレクションを幾つか試しました。バンブーは持ち手が竹製で、持つと疲れないか心配だったのであまり候補には入っていませんでした。

 

バンブー1947のミディアム。

持った瞬間の感動は忘れません。

あまりにも可愛い!あまりにも!そして、わたくしに、似合う!

 

もう一目惚れ。欲しい!欲しくて欲しくてたまりません。

 

 

ウィッシュリストのジャッキーの部分が、バンブー1947に変わりました。少しお値段が張るけど…いいのです!可愛さには替えられません。

 

ちなみにこちらが私の20代・ウィッシュリストです。

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カルティエのトリニティリング、タンクマスト、ダイヤの一粒ネックレス。真珠はティファニーのもの。そしてバッグはバンブー1947。

 

総額約180万円・・・。あと8年弱、いくつ手に入るかしら。値上げが著しいから少し怖いです。

円高になったら海外で免税で買いますッ!

 

 

優先順位は

トリニティ>バンブー>ダイヤ>タンク>パール

 

タンクマストは30代~でも良いのです。トリニティとバンブーは絶対に手に入れます!

 

 

私の目標は、"自分で買った"ジュエリーを身につける自立した女性なのです。男からのプレゼントではなく、自分で稼いだお金で、自分の理想のジュエリーを手に入れる。キャッシュで。

それが兼ねてからの目標であり、未来の私なのです。

 

通信の学費のことも考えると目眩がしますが、理想の女性を目指して歩み続けるのみでございます。

8月7日水曜日

彼に薬を飲ませてもらって少し微睡んだ後、彼が朝食の準備を終わらせたタイミングでのそのそと起床する。朝が弱い私のいつものルーチンです。私が起きられるのは彼の尽力のおかげです。頭が上がりません!

 

 

今日の朝食はクリスピークリームのドーナッツ。昨日6個入りボックスを注文したのですが、食べきれずに3つ残っていたのです。

 

朝食にしては甘すぎるドーナツですが、あまりの美味しさにペロリと完食。イタリアンローストの苦めなアイスコーヒーによく合います。

 

その後は例のごとくソファでねずみと読書タイム。歌野晶午「葉桜の季節に君を想うということ」を読み始めます。知り合いの男性(読書家でミステリは殆ど読んでいる!すごいです。)がおすすめしてくれた本です。このミステリーがすごい!、本格ミステリ・ベスト10の両方で1位を獲得しているということで、期待に胸が膨らみます。

 

 

軽く冒頭を読んだところで、猛烈な眠気に襲われました。いえ、襲われたことにすら気づかないうちに私の意識は眠気に侵され、本が手を滑り落ちます。その音でなんとか意識を回復。朝のドーナツが血糖値を爆上げ、それに焦った肝臓がインスリンを大量に送り出し、私の血中はブドウ糖が枯渇した状態になってしまったのでしょう。

 

こうなっては読書もままなりませんので、一旦本を閉じて昼寝。

 

 

仕事の時間が近づいてきたので、残念ながら愛しいねずみと暖かなベッドとしばしお別れです。灼熱地獄の外へ繰り出し、駅へ向かいます。

仕事までは1時間ほど余裕があったので、駅前のドトールでアイスコーヒーを片手に、煙草の煙を燻らせつつ、本の続きを読むことにします。

 

30分ほど経った頃でしょうか。喉の奥から胃の内容物が迫り上がりたがっているような、頭の天辺に血が吸い上げられそのままそこで凝固しているような、運転の荒い車中で読書をした後に訪れるであろう車酔いのような、とにかく嫌な体調の変化を感じ取りました。微かな吐き気、脳内の痺れ、胸の不快感。御手洗に駆け込みましたが下からは何も出る様子はありません。煙草の煙が充満した喫煙席の空間が苦痛になり、一旦禁煙席に移動します。クーラーで冷やされた空気は喫煙席のそれよりはマシでしたが、体調は相変わらず危険信号を出し続けます。なにか口にしようと注文した牛カルビのサンドも口をつける気が起きず、私に眺められるだけの置物と化しています。

 

これはいけない、横にならなければ。

 

そう考えた私は、なんとか体を引き摺って仕事場まで向かうことにしました。そこでなら横になれるスペースがあるし、水も甘味もある。

しかし外は灼熱地獄。皮肉にもここ1ヶ月で一番天気が良いのではと思うほどの青い空、「太陽光線」と言った方がしっくりくるような日差し。地獄です。生きた心地?そんなもの、クソ喰らえです。

 

なんとか仕事場に着き、水をひったくってソファに寝転ぶ。液晶を見ると気持ちが悪くなる為、ひたすら目をつぶるしかありません。なぜか、部屋で流れるMrs. GREEN APPLEを聞きつつ、歌声を分析していました。ここで息を吸う、ここの発音はハッキリ、ここからここまではファルセットで。

 

 

小一時間休んだところで少し体調が回復、これを書いています。回復はしたものの万全の調子とは言えないので、今日は一旦お仕事を諦めることにします。

 

8月6日火曜日

ひさしぶりに日記を書きます。

 

本日はお仕事をお休みにして、一日中ダラダラと過ごしていました。

 

昼過ぎに起きて、朝食後はソファに寝転ぶ。ネズミと戯れつつ沼田まほかるユリゴコロ」を読みました。久しぶりの沼田作品は、非常にまとまりのあるストーリーで、休日の昼下がりにサクッと読むには丁度良かったです。

 

 

その後はニンテンドースイッチゼルダの伝説 ティアーズオブキングダムを。購入してから全然プレイせずに積んでいたゲームです。久しぶりにやると面白くて止まらなくなりました。

 

 

彼の提案で夜は映画鑑賞をすることにします。

クリスピードーナツの6個入りボックスと、バーガーキングのワッパーを出前で注文して、気分はアメリカンでございます。

 

鑑賞したのは、クリストファーノーラン監督作「BATMAN BEGINS」。彼のお気に入りの映画です。私はノーラン作品で唯一BATMANシリーズだけ観ていなかったのですが、その旨を知った彼の「これからこの作品群を観れるだなんて、羨ましい!」という言葉が印象に残っております。

 

確かに、とても良い作品でした。

ノーラン節の効いた前半、「私は本当にBATMANを見ているのかしらん?」と思ったのを覚えています。アメコミチックな世界が広がると思いきや、ヒーローの存在をリアルに落とし込んだ描き方には驚きました。ヒーローの外観にちゃんと理由付けがされていて、技術への言及もある。細かな描写を通して、ヒーローという存在への納得を作り出しています。

 

ストーリーテリングの点も、さすがノーランと言わざるを得ません。他のノーラン作品と比べると分かりやすく明快な物語でしたが、随所の演出のお洒落さは堪りません。

 

主人公の家の執事が、主人公から「僕のことまだ見捨てないの?」という旨のことを聞かれる度、彼が「Never.」と端的に答えるシーンがとても印象に残っております。マイケル・ケイン、よい俳優です。

 

 

続編を見るのがとても楽しみになりました。あわよくばDCシリーズをしっかりと網羅していきたいところでございます。(高校生からずっとこれを思っているものの、作品数の多さで尻込みしている)