日常というモノは、わたくしのような種類の人間には、些か詰らないモノでございます。
面白くしようと思えば幾らでも出来るでしょうが、面白さというのは安全性に欠けます。
わたくしは生きたいのです、何とか生き永らえたいのです。(本当に?)その為には、安全性に優れたこの平々凡々な生活を、紡いでいかなければイケナイのです。
わたくしの色とりどりで、不安定で、浮き足立った、愉快な脳ミソは、もうありません。ベンラファキシンとアトモキセチン漬けになって、使い物になりません。いえ、使い物にならない、というのは語弊がございます。この「社会」を「生活」するには使い物になるのです。でも、眩く鋭い殺意、脳髄が弾け飛ぶ怒り、全身が粟立ち震える焦燥感など、そのような激烈な感情を伴って地獄へ突き進む速度は、もう出せない。出せないのです。出したくもない。
業火に包まれる痛みを知りたくない。苦しみたくない。その代わりに、生温い湯船に浸かり続けなければいけない。濁った水は皮膚にどんどんと吸いこまれ、ふやけさせ、遂には身体の芯まで蝕みます。最期にはどろどろに腐って、溶けてなくなるのです。
そんな醜い姿になるまで、じっくりと耐えなければいけない。地獄の業火で一瞬にして灰になることは美しいけど、いまのわたくしは其れを求めていないはず。はず。
愛する貴方と、生温く溶け合って。それをしあわせ、と呼べば良いのです。曖昧に境界線を溶かしてひとつになれるなんて、何だかロマンチックにも思えてきました。各位、生き永らえましょう。
